【講演集】
平 和 の 鍵 稀 元 素
科学研究所名誉研究員
理学博士 飯 盛 里 安
 本日私はわれわれ人類に永遠の平和をもたらすもの、それは稀元素である、ということを申し上げたいと存じます。 それにはまず稀元素とは何かということを一応明らかにして置きたいと思います。 それにつずいて「防衛と平和」「平和と稀元素」という項目に亘って稀元素がなぜ平和に関係があるかについて申上げます。

(一)「稀元素とは何か」
 稀元素というのは本来地上における賦存量の少い元素の一部と、賦存量の如何に関せず従来われわれの日常生活と疎遠であったある種の元素との総称であります。 よって別に賦存量の少い元素を時として稀存元素と申しまして別の意味に用いることもあります。
 第一表及び第二表はそれぞれ普通元素と稀元素との区別および稀元素の類別に関する概念を示すものであります。第一表を見て頂きますと稀存元素というのは地表下一五キロメートルまでの地殻内における賦存量の〇・〇〇二%以下のものをいうのであります。
 この表では総ての元素を網羅しておりませんし、ごく概略を示したものであります。第二表では稀元素の便宜上の分類を示しますが、まず共生の関係から類別いたしますと、親石族、これは石に親密な関係にあります。 親銅族、これは銅といっしょに存在する種族であります。この中間にあたるのが親石親銅族、それから親鉄族というのは鉄と親密な関係をもって産出するものであります。
 最後に今一つ放射性元素、これは量的にいって非常に少いものでありますから、やはり稀元素に属します。放射性元素以外の四族をそれぞれ代表的な元素の名前で呼ぶことにしますと、それぞれバナジウム族、ガリウム族、パラジウム族となります。また鉱床生成の時期から区別しますと、この四つの種族はそれぞれペグマタイト期、熱気期、熱水期および正岩漿期鉱床に産出するものであります。

第一表 稀元素と普通元素
稀元素普通元素
多存稀存稀存多存
チタンモリブデンアルミニウム
ジルコニウムトリウムホウ素、砒素
バナジウムタンタルアンチモンマグネシウム
タングステンセシウム水銀マンガン
リチウムベリリウムカドミウムクロム
セリウムウランビスマス銅、ニッケル
ネオジムゲルマニウム銀、金亜鉛、コバルト
ニオブセレン白金

第二表 稀元素の類別
種 族 別稀 元 素普通元素の例
チタン族
親石族(ペグマタイト期性)
チタン、ジルコニウム、ベリリウム
稀土類(セリウム等)稀アルカリ
ニオブ、タンタル、トリウム、ウラン
ラジウム等
珪素
アルミニウム
マグネシウム
バナジウム族
親石親銅類(熱気期性)
バナジウム、タングステン
モリブデン

ビスマス
ガリウム族
親銅族(熱水期性)
ガリウム、ゲルマニウム、インジウム
タリウム、セレン、テルル
銀、銅、亜鉛
パラジウム族
親鉄族(正岩漿期性)
パラジウム、ロジウム、ルテニウム
イリジウム、オスミウム、白金
金、鉄、ニッケル
放射性元素放射性同位元素類

 そこで稀元素がどういう順序で今日われわれの生活に入り込んで来たかと申しますと、古くからわれわれの知っておる鉄・銅・錫・鉛などのような有史以来千年も二千年もの歳月を通じて、われわれの祖先が研究し尽くしてきた在来の諸元素には、最早何等新機軸を期待し得なくなってまいりましたので、そこで段々新らしい元素の利用に手を染めるようになって来たわけであります。
 それは大体今世紀の始め頃からのことでありまして、稀元素の内でも比較的精錬の容易なタングステン、モリブデン、バナジウムといった類はそうとう早くから利用されてまいりました。 ところがタングステン、モリブデンといったものは熱気期時代に鉱物として晶出するものですが、稀元素の大部分はむしろ岩漿固結の最後の段階で凝結するペグマタイト期鉱物中に含有されるのであります。
 この中にはラジウムも入っておりますが、前世紀の終りから今世紀の初めころにラジウムが発見されると共に、これと共生する各種の稀元素の研究がこれに伴って漸次に盛んになってきて半世紀後の今日華々しい稀元素時代の出現となったのであります。
 そこで稀元素を含有している鉱物、あるいは稀元素資源についてもお話しすべきでありますが今日は時間がありませんので略することに致します。しかし、ただ親石族の中のウランだけについて一言申上げますと、これは炭酸を含んだ水に大変よく溶ける性質がありますので、永い地質時代の間に適当な炭酸を含んだ水に次第に溶かされて他へ水と一しょに流れていって特殊な地域に沈殿して濃縮されることが、しばしば起るのであります。それでこのウランだけはペグマタイト鉱床よりも、むしろ熱気期にできる鉱床、特に銀鉱床とか、あるいはある種の砂岩のような成層鉱床中にも出ることがあります。
 これは大いに留意すべきことであると思います。故に、もし銀山をご経営になっていらっしゃる方、あるいは銀山の廃坑などをお持ちの方は、一応ガイガー計数器でお調べ願いたいと思います。 現に米国で一番多く使っておったウラニウム資源というのはカナダのグレイト・ベア湖地域のものですが、そこには銀や蒼鉛などが一しょに出るのです。また、キュリーが最初にラジウムを発見した原鉱のピッチブレントは、チェコのヨアヒムシュタールという土地の銀山から出るものであったのです。
 それから近ごろ大量に採掘されておりますアフリカのベルギー領コンゴウのカタンガ地方のウラン鉱でやはり銅・銀・亜鉛・蒼鉛などと一しょに産出しておるのであります。
 ウランは近ごろ原子力の根源となっておることは皆様のご承知の通りでありますが、その分布の仕方が地域的に非常に不公平で、あるところには大量にあるが、少いところは大変少い、日本なんかは非常に少い方で今まで調べたところによりますと、資源と考えられるほどの量はほとんど無いと言ってよいくらいです。
 今後もし徹底的に探すことにでもなれば、あるいはもっと見つかるかも知れませんが、現在のところでは極めて貧弱で、資源と言うほどの量は見つかってをりません。これからいよいよ原子力時代となってこの資源が真に必要になって来れば、ごくわずかしか含まれていないような物でも抽出の対象になるというような時代が来るかも知れません。 またそれに伴ってウラン抽出の技術が進歩して来ますと、あるいは海水中のウランなどでも問題になってくると思いますが、海水中のウラン量はずいぶん古くから知られており、大体一〇〇ccの海水中に三・五 × 10-6gのウラン(約百万分の3%)があります。
 余談ではありますが近頃ウラニウムともウランとも書いてありますが、ウラニウムというのは英語読みで日本化学会などではウランを採用しております。これは明治時代からわれわれの慣用しておる日本語としての名前であります。
 で、海水には、とにかくこれだけのウランが入っていますが、これは約三万トンの海水中に一キログラムのウランが存在することになります。みなさん三万トンの船を想像して御覧になりますと、大体見当がおつきになると思います。 処で現在における稀元素の用途は実に多種多様でとうてい一々申上げることはできません。 そこで今日は現在各種の稀元素工業として事業化され、利益を挙げてをるいろいろな種類の用途をお話しするようなことはやめて、今後発揮される稀元素の主な使命についてだけ申上げることに致します。まず最初から結論に相当すること、つまり防衛と平和に関連したことから申上げます。

(二)防衛と平和
 ここで国土防衛と申しますのは、この頃世上で論議されておるような保安隊、 とか自衛艦隊とかいうようなものによる防衛をいうのではありません。今後万一殲滅的な戦力と認められるような外敵が侵入して来たときにそれを食い止める手段を言うのであります。
 そのような外敵と申しますのは誘導兵器に乗せられて侵入して来る原爆の類を言うのであります。今後の原爆はもう十年も前のもののように人間の乗った飛行機が悠々と運んでくると思ったら大間違い、超音速無人飛行機、つまり誘導飛行機でやって来ることはまず間違いないのであります。そうなりますと昔のような聴音器や探照燈などで、これを捕えようなどということは、もはや滑稽であります。これは国土の周辺にくまなく張回らされたレーダー網によって捕捉すると同時に逆にこちらから適当な誘導弾を放って、これを事前に撃墜するより外に方法がないのであります。
 さて、この誘導兵器の智能装置というものが、御承知の通り、これまた全くレーダーの応用であります。すなわち基地に設けられた遠距離操縦装置のレーダーと誘導弾の内部に装置されたレーダーとの相互の作用によって誘導弾が目標に向って導かれます。そしていよいよ目標に近づきますと、弾内の自働吸着装置から発振する電波が目的物に当って反射して来る。 その電波によって自働的に舵が取られていや応なしに目標物に吸着する仕組にできておるのであります。
 もちろん、誘導弾にもいろんな種類があって、例えば弾の内部にテレビ装置を装備して目標の状態を遠距離操縦装置へ絶えず刻々に伝達する偵察用のものもあるとのことであります。 これらがみなレーダーの応用でありますが、それらの誘導兵器の内部には、電波装置として大きなものでは千個以上の検波器や増幅器等が入れてある訳で、これらを普通の真空管でやろうとすると、とても重くなってダメです。そこでこれにはご承知の通り稀元素のうちのゲルマニウムで作られたダイオードや、トランジスターというような、極めて小さい軽いものを使用して始めて可能になるのであります。
 もっともその基地で使用する発振器その他の類は普通の真空管でもよいでしょうが、その電極材料としては、短波・超短波用のものでありますから、優秀なものは、これまたタンタルあるいはジルコニウムなどが必要になって来るのであります。かように誘導兵器の内部装置やそれを遠方から操縦する装置などはもちろんのこと、そのほか最近ではいろいろ気象の研究とか、あるいは暗夜にも、または濃霧を透して物を見ることのできる照準装置や警戒装置など悉くみなレーダーの応用でありますが、そのレーダーの機能を進歩させるのは一に稀元素の利用によるのであります。
 次に誘導弾の機材、または、いわゆる無人飛行機などの機材についても考える必要があります。誘導弾の推進力は大抵ロケットでありまして、燃料としての石油も普通一〇〇キログラム以上でこれを硝酸などと一しょに燃焼させて進むわけですが、その燃焼室や燃焼ガス噴出口の材料など特殊な耐熱材でなくてはなりませんし、またラムジェットなどによるものでもその燃焼室やこれに附帯する装置の温度は摂氏一〇〇〇度内外にも達する従来の耐熱鋼などでは最早用をなさないのであります。
 これに対応するために、近時いろいろな超耐熱合金や超耐熱鋼の類が使用されますが、これらはいずれも各種の稀元素を含むものであります、例えばよく知られてをるクロム、ニッケル、コバルトなどの外にニオブ、タングステン、モリブデン、バナジウム等を含むものが優秀であるとされております、このほか最近では半窯業製品とも言うべきサーメットと称するものなども使用されます。
 これはいろんな稀元素の酸化物、もしくは炭化物とコバルト・ニッケル・鉄・クロムなどのような金属の粉末との混合物をプレス成形したものを高温度で一しょにいたしまして、焼結させたものであります。かような耐熱材料の外超音飛行機や誘導弾などの機体それ自身の材質についても、特殊なものを使用する必要が起るのであります。 例えば音速の二倍というような速度で飛びますと、空気との摩擦で胴体の温度も高まるので、そのためにその幾何学的形態に変化が起こるようにでもなりますとその命中率も落ちる訳でありますので、アルミニウムなどよりももっと耐熱性で耐蝕性なチタンなどが次第に使用されております。
 かように考えてみますと侵入して来る原爆がウラン二三五とか、あるいはプルトニウムなどといったような稀元素の塊りであると同時にこれを迎え撃つ誘導兵器も稀元素の塊りでありますから、これからの近代戦というのは実に稀元素戦といってもあえて過言ではないと思います。
 さて、ここで皆様に一考していただきたいと思いますのは、世界のあらゆる国々が自国の周辺に隅なくレーダー網を張り廻らし、隙間なく誘導弾列を布いたとしたなら最早、原爆も侵入の余地がなくなるでしょう。こういう具合に各国に完全な国土防衛が完成してしまうと、各国の政府の要人は、悉く賢明な人達でありましょうから、その時こそもうこんなつまらない戦争などということは止めようじゃないか、そしてお互いに幸福な人類の繁栄を営もうじゃないかということになって、ここに始めて永久の平和が来るに相違ないと思います。
 およそ世界に思想の対立ということがある以上、従来のような手ぬるい政治力や独善的な宗教の力などというものは平和を招来する上において一向に当てにならないことはすでに歴史が証明しておる通りであります。将来真の平和をもたらすものはもっと絶大な力すなわち原子力を充分に会得した全人類の総力であらうと思います。そして原子力を発展させるには稀元素が絶対必要であり、またこれが原・水爆などに悪用されんとすることを防ぐにもまた稀元素が絶対必要であります。 つまり原子力をどこまでも推進し、稀元素の利用を発達させることが真の平和をもたらす唯一の途でありましょう。

(三) 平和と稀元素
 かようにして到来するであろうところの真の平和時代になりますと、稀元素が更に一層重要な役割を演ずることになります。つまり、これからは航空交通時代、すなわち真の軽金属時代になりますが、それと同時にいよいよ原子力時代に突入するわけでありますが、どちらも徹頭徹尾稀元素の舞台であります。 そこで航空機々材として使用できる軽金属で比較的多量に利用できるものと言えばご承知の通りアルミニウム、マグネシウム、およびチタンの三金属であります。
 つい最近まではアルミニウムとマグネシウムの二種類に限られていたのですが、ここ数年来チタンの冶金が可能になりましたので、急速にその利用が勃興してまいりました。このチタンはステンレス鋼に匹敵する抗張力持っていて、しかもその半分位の比重でありますので従来の航空機用鋼材は漸次この金属で置換えられることとなり、その結果、航空燃料が著しく節約され、したがって飛行距離が増大されることになり、また、すこぶる耐熱性であると同時に著しく耐蝕性がありますので、超音飛行機材や潜水船材料等としても嘱目されておるのであります。
 機材としてのチタン以外にも航空機内には沢山な各種の計器や通信機、レーダーその他いろいろの装備がありますがそれ等の大部分のものがそれぞれいろいろな稀元素資材からできておりますので、今日では稀元素なしには最早満足な航空交通は不可能であります。
 次に原子力装置になりますと、その基礎材料であるウランあるいはトリウムそのものがすでに代表的な稀元素であると共に原子炉を築くにしてもその基本的資材のうちにもいろんな稀元素が必要になってくるのであります。例えばベリリウム、ジルコニウム、カドミウム、タングステン、タンタル等がいろいろ特殊な目的で入用になります。
 今日一般に原子核工業といわれるものの中には物理的な仕事と化学的な仕事と二つがありますが、物理的方面の仕事の主なものは、いわゆる原子動力に関することであり原子炉がそれの根本になっております。
 また化学的方面の仕事と言いますと、それは原子炉の資材に関したことや、あるいはまた原子炉やサイクロトンなどを利用いたしまして、いろいろな新しい元素や放射性同位体の類を製造することであります。
 私はここでこの化学関係の事がらについて一つ二つ問題を取上げてみることに致します。原子炉内でウランやプルトニウムなど、いわゆる分裂性原子核が分裂するとその際に非常に厖大なエネルギーを発生しますが、それと同時に核分裂の結果新たに色々多数の元素ができるのであります。

第三表 核分裂により生成する諸元素
多量生成する元素ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、テクネチウム、ルテニウム、 ロジウム、パラジウム、セシウム
バリウム、ストロンチウム、イットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム等
少量生成する元素銀、錫、カドミウム、アンチモン、インジウム、テルル、ヨウ素、臭素、ネオジム、サマリウム
ユーロピウム等
微量生成する元素セレン、砒素、ゲルマニウム、ガリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム等

 この際できる主な元素を列挙しますと第三表に示す通りできる元素の種類によって多量できるものと少量しかできないものといろいろあります。しかもできるものの大部分が、これまた稀元素類であります。 これはウラン二三五からでも、プルトニウムからでも大体同じ種類の元素がどちらの場合でもほぼ同じような割合に生成するのであります。
 かように核分裂でできた当座は総てこれらの元素の放射性同位体としてできるのでありまして、それぞれ相当強い放射能を持っております。これが放射線例えばβ線を出せば、原子番号の一つ大きい他の元素に変ります。かような原子の壊変を経て最後に安定な原子核に到達してそこで停止するのです。このように最後に落付く元素は種々ありますが、結局ある時間の後にそれぞれやはり表に示したような諸元素の安定同位体、つまり従来知られてをる各種の非放射性元素ができるのであります。
 近頃話題になっておりますビキニを中心として三百マイルにわたって飛散したいわゆる死の灰というのは今述べたような諸元素のしかも強い放射能を帯びたものと珊瑚礁の粉末とが凝縮してできた微粒片であります。この灰の一部として表にも示してある通り銀は降ってくるわけですが、あいにくと金は降って来ません。 つまり金のように質量の大きなものは核分裂ではできないのであります。
 さてウランやプルトニウムを原爆のように一時に分裂させないで、徐々に分裂させまして、エネルギーを小刻みに取出すのが要するに原子炉であります。
 そこで原子炉内でウランが仮に一瓲分裂したとしますとその結果莫大なエネルギー、すなわちざっと七兆五千億キロカロリーといった厖大なエネルギーを出すと同時に原子炉内に前述の諸元素が合計やはり大体一瓲近く生産されるわけなのであります。そうすると原子炉内に分裂の結果できる元素が漸次多量にたまって来ます。それが中性子を吸収して炉の能率が悪くなりますから、時々こういう生成物を炉内から取除かねばなりません。
 かように取出されたものは比較的寿命の長い放射性同位元素と、それからそれ等同位元素の変化してできる最終成果物としての各種の安定な非放射性元素であります。このうちから放射性同位元素の主なものを抽出分別してそれぞれ色々な用途に利用する目的で現在非常に高価に売りさばかれております。
 これが最近勃興の俗にいわゆる原子灰工業(アッシュ・インダストリ)と称してすこぶる有利な一つの新しい事業となっておるのであります。しかし単に原子核の分裂でできるものだけでは欲しいと思う都合の良いものばかりできるというわけにゆきませんので、ことさら任意の元素を適当な容器に入れて、これを原子炉内にある時間入れておきますと、これが中性子と反応して望み通りの放射性同位体になりますから、このようにして製造したものも同時に販売しております。
 ですからウランまたはプルトニウムの核分裂でできないものは、かような方法で作るのであります。その若干の例は第四表に出ております。これらは近頃トレーサー(証跡剤)としてよく使用されております。表に掲げた元素名の右側に附記された数字は各同位元素の質量数でいつもこのように附記して同元素の同位体の相違を区別します。

第四表 核分裂では生成しない放射性同位体の例
放射性同位元素半減期放射性同位元素半減期放射性同位元素半減期
炭素-145720年カルシウム-45152日亜鉛-65250日
燐-3214.3日鉄-5946.3日ナトリウム-2415.1時
硫黄-3587.1日コバルト-605.3年金-19827日

第五表 放射性同位元素の価格
放射性同位元素半減期(年)1ミリキュリー
の市価、$
1キュリー 1グラム
価、$重さ、g価、$キュリー値
ラジウム-22615904.545,000145,0001
ストロンチウム-9019.91100.0052,000200
コバルト-605.322.00.0008823,0001,150
銀-1100.751100.0002343,5004,350
※米国の原子力委員会の頒分値段、稍多量購入する場合には非常に割引される。大体100分の1位に安価になる。 よって1キュリーの値段としてはこの値の100分の1に計算した。
第五表は二、三の放射性同位元素の現在の値段をラジウムの値段と比較するために示したものであります。
 大体放射性元素の放射能の強さは寿命の短い元素ほど強いわけでありますから、ここに例示した三つの同位元素について言うと同じ1キュリーの強さを呈する量がストロンチウム九〇では五ミリグラムであるが、銀一一〇では〇.二三ミリグラムであります。それゆえ、1キュリーの値段ではラジウムに較べて格段に安価でありますが、同じ質量例えば一グラムの値段に直して較べて見るとこれらの同位元素の価格はラジウムとほぼ同格程度の値段になっておることに気づきます。もちろん放射能の強さからいえば格段に強大ではありますが人工的にどんどん造られるものの値段としては非常に高価に過ぎると思われます。
 そこでわれわれ化学者の立場としましては、元素の人工変換という事実は学問的には物質というものの根本問題にわたるすこぶる重大なことでありますが、一般社会的にはどうも経済問題にからまって来ないと一向に無関心であるように思われます。
 ですから原子灰工業のように僅か一グラムが数万ドルもするものが原子炉内の副産物としてどんどんできるとなると、それが忽ち一つの大工業となるのは当然であります。現にわが国でも年に一千万円以上も各種の放射性同位元素を輸入しております。しかしそれらの放射性同位体が炉内で壊変し終ってできる普通の安定な非放射性の元素類はことごとく既知元素でありますが、その大多数のものは稀元素類で、中には銀、カドミウム、アンチモンなどもありますが、そういうものを分離して生産するようなことは今のところ一向顧みられないのであります。
 もっともこれは当然でありましょう。実際に当って見ても放射性銀がすなわち銀一一〇というのが一グラム千五百万円もするのに、普通の銀では同じく一グラムが僅かに一円ですからこれでは問題になりません。それからこれも現在既にわかっておることですが水銀を原子炉に入れておきますと、その一部は安定な金すなわち金一九七になります。しかし、これも前述と同じ理由で僅かばかりの普通の金を造るよりも廃物同様の原子灰から格段に高価な放射性同位元素を造った方が当然有利でありますから、現在では誰も金を人工的に造ることなど問題にしないのであります。
 しかし遠い将来原子核の研究が大に進歩した暁には原子炉以外の方法で昔アルケミスト(注)が考えたように鉛のようなものからも自由に金を生産し得るようになるかも知れません。もしそのような事態になった場合には私は経済のことは全然知りませんが物価標準としての現在の金本位制の貨幣制度というものに何かしらん影響が起りはしないかとも思います。 (注)アルケミストとは錬金術師のこと
 これは経済の方の一つの宿題としてご一考を煩わしたいと思うのであります。まだいろいろなお話し申上げたいこともありますが、今原子動力のことを別にしましても、原子炉の平和的意味がいかに重大であるかは以上の通りでありまして、すでに原子力時代に突入した今日、原子炉の建設は一日も早く実現しなければならないと思うのであります。そしてその建設にはいろいろな種類の稀元素が絶対に必要であります。
 つまり少くともウランもしくはトリウムがなくてはできないのであります。なおまた原子炉問題とは関係なく稀元素全般の用途は今後研究の進むにつれて際限なくひらけてゆきますので最早や稀元素は近代文明の建設には文字通り不可欠のものであると同時に、さきほども申しました通り、国土防衛の上から見ましても世界に永久の平和を招来させるただ一つの鍵であります。
 でありますから国家はこの際稀元素専門の研究機関を設けて、その研究を促進すべきで、稀元素の研究は実は刻下急務中の急務であると信ずるものであります。
甚だ纏りないことを申上げましたが、これで私の講演を終わります。
(第三八回学術普及講座速記録より)(昭和29年8月発行)
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