この文は会話体で書かれていて、対談の速記録のように見えますが、対談者の名前、対談の日時、場所などが書いてないことから、対談の形を借りて自分の考えを述べているものと考えられます。
文中に科研 (理研) に勤めて35年とあるので、この文が書かれたのは1952年 (昭和27年) であることが分かります。
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[ 科学研究放談 ]
[ 現在迄おもに何をしていたか ]

学校をでましてから今日までずっと実験室生活を続けて来ました、大体42年になります。

[ いつ頃から科研に勤めておるか ]

科研つまり以前の理研が創立されましたのが大正6年でありまして、その当初から勤めておりますから今年で丁度35年になります。

[ 学問は何か ]

おもにラジウムやそのほか之に関連した一般稀元素について研究しておりました、併し終戦以後はこういふ研究はやりにくくなったのでやめました。

[ では現在は何を研究しておるか ]

現在はおもに蛍光体の研究をやっております。

[ 蛍光体といふものは一体何の役に立つものか ]

(そうですねー)これがないと世の中折角の進歩がまた逆戻りすることになります。例へばこれからの夜間照明は普通の電球に代わって蛍光灯になろうとしておるのができなくなります。それから船や飛行機などが最もたよりにしているレーダーや、また近頃非常に重宝されておる電子顕微鏡なども出来なくなります。もっともこれは蛍光体に限ったことではありません。

[ そのような有益な発明がいつも最初に外国でできて、外国では続々出来るのに日本では一向出来ないようだが、どういふ訳か ]

それはお聴きになる側、つまりジャーナリスト、政治家、事業家、経済学者等の方々で篤と御研究願いたいと思います。

[ しかし何か考を持っていないか ]

こういふ質問の出たついでに私は昔、といっても約30年程以前に曾て師事したことのある英国の化学者Sir Frederick Soddyの言った言葉を申し上げて見ましょう。Soddy先生といふのはCurieがラジウムを発見して間もない頃Rutherford (ラザフォード)と一緒に所謂原子壊変説を唱え、之後更に同位元素といふものの概念を提出した化学者で1921年度のノーベル化学賞を受けておられます。處がその後先生は専門の化学研究をすっかり捨ててしまって甚だしく違った経済学の研究に転向されたのであります。

[ どうしてでしょうか ]

ハッキリ判りませんが矢張第一次欧州戦争を経験せられて戦争の悲惨な結果をみてつくづく社会機構について考へられたものと思います。そこで先生のいわれたことといふのは“発明や発見は戦争をなくするもの”といふことなのです。

[ それはどういふ意味か ]

それは人類の生活様式がいつまでも変わらないで、人口ばかりが殖えると人類はお互いに食えなくなり働く職場もなくなりその結果戦争が起こるのである。処が発明発見によって物資を増産したり、いろいろ便利なものが出来るようになると結局皆が食へるようになって戦争もなくなるというのです。
一例を申上げると例へば汽車が発明されたことによって世の中が大変便利になった、といふことだけでなくこれを社会経済の面から見ますと先ず機関車、客車、レールなどの製造事業が興る。
一方に於て旅客や貨物を取扱ふ驛が出来、運送事業が興り、また石炭採掘事業も盛んになるといふ具合で非常に沢山の人々が職場を得るようになるから失業者もなくなるといふのであります。
要するに人口がどんどん殖えても、斬新な発明発見によって続々と物資が増産され次々に新しい職場を作って行けば戦争などは起こらないと謂はれたのであります。

[ では発明や発見はどうしたら出来るか ]

一体発明発見といふものは一朝一夕に出来るものではありませんしニュートンやエヂソンのような天才の出現を待っていてもどうにもなりません。
そういふ天才でなくて大勢の科学研究者が少しづつそれぞれの独特な研究結果を結集して、そして一つの大きな発明を完成させるのであります。
御承知の通りマルコニーが電波を発見しましたが、それがきっかけとなって今日のラジオという大事業も出現した訳でしょう。
飛行機でも最初からジェット機などできなかったことでもおわかりのことと思います。

[ それでは発明発見を促進するにはどうしたらよいか ]

やはり科学研究者達に思ふ存分に研究して貰うことです。

[ 当然のことのようだ ]

そうです・・・極くわかり切ったことですなー。しかしそれにはやはり研究の好きな人でないといけません。
それから何よりも先ず研究者達の生活を保障しなければなりません。そしていつも安心して研究の出来るようにして置かねばなりなせん。
今日の社会保障制度などは誠に結構なことですが、その方へむやみに多額のの国費を出すよりも、そういふ制度が必要になってくる根本原因を追究して見ますと、結局ソッデー先生の言った通りでありますが、寧ろ積極的に発明発見の助成の方へもっともっと潤沢に支出すべきであらうと考へられます。

[ 科学研究助成といふことに就いての一つの考へ方だと思ふ、専門の稀元素のことについても聞きたいが時間がないから今日はこれで止める。科学研究など無味乾燥のように思うがどうか ]

それはまーめい々々心構がちがふと思ひますが古い歌にこういふのがあったと思ひます
“よしの山こぞのしほりと道かへてまだ見ぬ方の花をみましや”(注)
私はいつもこういふ朗らかな気分でおります。

(注)西行法師の ”吉野山 去年(こぞ)の枝折(しおり)の道かえて まだ見ぬ方の花を尋ねん" を引用したと思われます。
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