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飯盛里安・放射能一夕話
下線が付いている語句は最後に注釈があります
 原子核や放射能の研究は終戰とともに嚴重に禁止された。天然物其他一般放射體の放射能を測定することは差支えないでしようがそれの研究は許可を受けねばなりません。斯様な時代となつた今、我國に於ける放射能研究の跡を顧て轉た感慨無量であります。
 明治28年ドイツの物理學者リヨンチヘンのX線發見に端を發しその翌年フランスの化學者ベックエレルは硫酸ウラニル・カリウムが一種の放射線を輻射してをることを發見した。後に同氏は斯様な放射線を絶えず放射する物質を放射性物質と呼び斯様な現象又は此性質の強さを放射能と稱した。斯くして放射能といふ新語が生れたのである。
 此一見ささやかな 併し不思議な事實の發見がやがて2年後にラヂウムの發見となり、23年後の大正8年には元素の人工變換の端緒を啓き、そして昭和20年には日本國の軍備を永遠に撤去せしむると共に世界の全人類をして正に生死の岩頭に立たしむるに至つたのである。
 ベックエレル先生よ、あなたの偉大なる發見は半世紀後にこんなにも恐ろしい事態を惹起するに至つた。あなたのあの時の發見は御机の抽出のなかに乾板と一緒にウラン鹽の一塊を無螢光狀態にして置き忘れた實に偶然の失態がもとでした。
 その好運のウランが何としたことでしよう46年後の今日廣島全市を一瞬にして壊滅しようとは好運のウランは、忽にして惡運のウランと化した。之を此儘に放置すべきであろうか。果せる哉、アインシュタイン、ボ-ア、コンドン、ラングミウア等17名の原子核研究者等は一齋に立ち上がつて“One World on None”を絶叫し、地球上の全民族は直に合同して永久に平和な單一世界を形成すべきであると唱え出した。
 此等科學者等の馨の何んと純にして麗はしきことよ。國際連合原子力委員會よ!卿等は此聖なるどよめきを果たして何と聽くや、今後の原子力は何としても絶對に社會平和の原動力たるべきである。やがて石炭石油の盡きる日が來るであろう。その未來の原子力は決して今日に於けるが如く一に放射性重元素の核分裂のみからではなく、いとも簡單に恐らくあらゆる元素から得らるることとなるであろう。
 そしてそれ迄には人類の社會から私慾、不信、専横、嫉妬、怨恨あらゆる不徳が一掃されねばなりません。斯様な世の中ともなれば家庭の熱用原子力燃料も微細な片塊として自由に得らるることになるかも知れません。我等は斯様な時代が一日も早く到來せんことを祈るものである。
 今世紀の當初に始まつた放射能研究の發達はその研究資料を入手する關係から一方に於いてまた新らしい稀元素の研究を促進した。その結果以前には恐らくその存在さえも知られなかつた多くの稀元素鑛物がやがて次ぎ次ぎと重要工業原料となつていた。その利用は大體放射能研究の進歩と並行して明治の末期から徐々に昂頭を始め大正10年頃から格段に旺盛となつていた。
 斯かる原料として浮かび上つた主なものを摘擧してみると、カルノー石、輝水鉛鑛、重石、チタン鐵鑛、金紅石、ジルコン、パッデレイ石、モナズ石、セル石、ガドリン石、リチア雲母、黝輝石、緑柱石、タンタル石、瀝青ウラン鑛等であろう。
 但し之は外國の話である。我國に於ては夙に化學界の元老柴田雄次博士がその昔青年學徒として明治の終りから大正初年にかけて歐州に學ばれた頃、早くも稀元素の重要性を洞察せられ一時斯界の大家ウルバン教授の許に在て之を研究せられ御歸朝後も本邦に於ける稀元素鑛物の開發に卒先努力せられたことは遍く人の知る處である。之と同時に長島乙吉氏時代から引繼いだ日本礦物趣味の會が終始一貫本邦稀元素鑛物の探査研究に盡した功績は洵に大なるものであつた。
 想へば過ぐる惡夢の如き戰爭も世に物理戰と謂われてはいたが各種兵器の大量生産を可能ならしめた超特殊鋼は固より、新兵器レーダーを始め探知機、標定機などあらゆる電波兵器の主要部は悉く各種稀元素の巧みな利用によつてその素晴らしい性能を發揮し得たのである。
 そして最後に現れた原子爆彈に至つてはその本體がウラン235であり、それを起爆せしむる中性子の發生源としてベリリウム・ラヂウムが用いられたとすればそれ全體が既に稀元素の集塊である。
 世に眼前の私慾一點張であつた人々は稀元素が斯くして戰を決しようなどとは夢にも考えていなかつたであろう。事態は既に終わりを告げた。稀元素に恵まれなかつた國民は今現實の通りである。
 放射能の研究を放棄するに當たつて従來屡々拝聽することで且つ當惑を感じた事共を聊か御参考までに誌して見よう。それは一塊の鑛物片を示して此鑛物の放射能は何程か知りたいと謂われることが兎角ありがちであつた。此の種の質問に就いてであります。
 凡そ鑛物の單なる放射能を知つただけではその鑛物の本體を摑む上に於いて何等役に立ちません。鑛物ならばウラン及びトリウムを化學分析で決定し更にラヂウムの分量だけをラドン計を用いて測定するのが放射性成分決定の常識です。トロンを測定することは鑛泉や岩石などの含有する微量トリウムの検出若しくは定量以外にはやりません。
 然らば鑛物などの單なる放射能を表示するにはどうしたらよいかと申すと、本來放射化學的にはその必要は全然ありませんが強いて求めらるるならば常法に依り試料から出る放射線に依つて與えらるる飽和電離電流の強さを測定して之をCGS静電單位又はミリアムペアで表せばよいのです。
 併しこれでは一體その鑛物の放射能が強いのか弱いのか一向に見當がつきかねるでしよう。そこで現今では一般放射能の便宜上の單位としてラドン單位、即ちキュリー又はマツヘを拝借して用いるようであります。
 勿論之は學術的には認められていない單なる慣用に過ぎませんが斯様な表し方をすると量的勸念が這入りますから幾分素人判りがする譯です。 御承知の通り1gのラヂウムと放射平衡にあるラドン量を1キュリーと申しますが、この他にラドンの示す放射能をその放射線に依つて與えらるる飽和電離電流の強さで表わす方式があり、その單位がマツヘで、1マツヘは0.001CGS静電單位の飽和電離電流を與うるラドン量のことであります。
 併も之は氣態試料又は水1立について示さるる濃度單位でありますから、假に或鑛泉2立が0.001静電單位を示す場合はその鑛泉のラドン濃度は0.5マツヘであります。處が之を転じて試料の狀態如何に関せず0.001 CGS 静電單位の飽和電流を與うる放射能を總て1マツヘ(3.61×10-10キュリー)と假稱するのであります。
 近頃の人工放射性元素の示す放射能、隨つてその分量を濃度的に表わす場合にも便宜上此様式を採つております。例えば1キュリー(2.75×109マツヘ)の放射性炭素というような表わし方であります。之は要するに1キュリーのラドンと放射能の強さに於いて同等な分量を謂うのであります。理論的に申せば單位時間中に壊變する原子數が1キュリーのラドンに於けると同數である分量を意味するのであります。
 そこで固態試料でもウランXやラヂウムD或は放射性ナトリウム、Na24(半減期、14.8時間)や放射性炭素、C11(半減期、3年)のようにβ線とγ線とだけしか出さないものならば放射線の自己吸収が尠いから測定時に於ける供試體の形や狀況の影響が著しくないが、天然の鑛物の如く放射能の大部分がα線に依るものでは試料の内部からのα線は自己吸収の爲に空氣中に出ませぬから放射能は單に該試料の表面及び表面に極く近い層から出るα線に依てのみ示さるる譯です。
 隨て測定時の形態の相違に依てそれの一定量の示す放射能でもその値は格段に違います。故に鑛物の場合に固態 のままで放射能を比較するには特殊なα線計數器(所謂カウンターの一種)を用いて單位時間に固態試料の單位表面から出るα粒子を數える方法か、或はγ線放射能を驗電器を用いて測定するかでないと精確を望むことは出來ません。
 併し若し普通のα線驗電器で測定せんとする場合には試料を極めて微細な粉末となしそれで出來得る限り薄い均一な層を作りそれの一定量の示す放射能を、適當な不變放射能を有する固態物質の同様な実驗条件の許に於ける測定値と比較するか、又は一定量のラドンの示す放射能(キュリー又はマツヘ單位で表した値)に比較して決定するのであります。  此場合に比較の標準として毎回ラドンを使用することは相當に面倒であるから便宜上予めラドンの放射能に比較して決めた不變代用標準を利用すると頗る便利であります。
 斯の如き代用標準として弱い放射能を測定する場合には酸化ウランの如きものが簡單に利用できます。此際試料を充分に細粉にしないで測定すると可なり低い値になる。 例えばモナズ砂鑛をそのまま薄層(厚さ約1粍弱)に擴げて測定した場合、その試料が約5%ThO2 及び0.3% UO3を含むと思われるものの示す値が1kgに就き2150マツヘなる値を與えました。之は上記の如き組成を有する假想氣態試料の與うべき理論値の約7分の1にしか當たりません。畢竟α線の自己吸収の影響であります。
 以上の如き鑛物の放射能表示問題の他に、譬えば誘導放射能に關する點なども明確にして置き度いと思う一事です。例を擧げて申せばトロゴム石のような變質土狀鑛物では絶えずラドン及びトロンを發散してをるのでその近處に置かれた物體は鉛筆でも机でも總てその表面に上記氣態元素の壊變に依て生ずる放射性沈積物即ちラヂウムA、“B、 ”C及びトリウムA、“B、”C が附著する爲にその發散體たるトロゴム石を除いた後でも猶それ等の鉛筆や机等が10時間乃至3日間程一時的に弱い放射能を呈するようになります。 之は明治32年に發見された舊來の誘導放射能であります。
 處が昭和9年に別の意味の誘導放射能が發見されました。之は放射體から出る或種の放射線とその直ぐ附近に存在する特殊な元素との間に起こる原子核反応の結果、いわゆる誘導放射性元素(人工放射性元素)が出來るためであるが、斯様な核反應の起こり得る機会は極端に少ないものであるから普通の放射性鑛物の類に依ては到底之を認め得る程度に(驗電器などに依て)起さしむることは出來ません。此等新舊両様の誘導放射能はどこまでも區別されねばなりません。
 放射能に關する研究は今後我國では當分見られぬこととなりましようが、本邦鑛物の放射能に就いて初めて留意し出したのは何時頃のことか詳かでない。恐らく原子壊變説の發表された明治35年以後のことと察せられますが、その頃の消息については明治39年に北投石を發見せられた岡本要八郎先生からでもご教示を賜りたいと希うものであります。  鑛物に關係したことで且つ直接原子核研究に觸れない方面にも幾多興味ある事柄が猶不詳の儘に殘されてをることと思います。
 例えば放射性鑛物のメタミクト狀態、或種螢石等に現はるる異常色暈の構造、放射性鑛物の放射線の生物體に及ぼす影響等孰れも解決を待ちつつある問題でありましよう。
 併し外國に於いては斯様な諸問題は今や恐らく顧られないであろう。放射能の研究は一に原子核糺明の實驗的鍵として日に月に華々しい功績を擧げながら、やがて豊かなる原子力時代を招致することであろう。我等は田を耕しつつ悠然と空を眺めてその到來の日を待つであろう。 榮えよ放射能!!さようなら放射能!!!(終) 
(昭和22年仲秋 福島県縣石川山にて)
【難読字句の注釈】
顧て轉た:かえりみてうたた、意味:振り返ってますます
夙に:つとに、意味:早く
遍く:あまねく、意味:広く
洵に:まことに
固より:もとより
聊か:いささか
尠い:すくない
隨て:したがって
畢竟:ひっきょう、意味:つまり
詳か:つまびらか、意味:明らか
孰れも:いずれも
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