飯盛石を合成する試み
飯盛石についてはWikipediaの中に詳しく書いてあるので重複になりますが、これは加藤昭博士と長島弘三博士が発見したイットリウムを主成分とする新鉱物で、飯盛里安と長男・武夫の業績を記念して両博士が飯盛石と名付けたものです。

飯盛石の画像への[リンク1. ][リンク2. ][リンク3. ][リンク4. ]

この飯盛石を合成する試みがノートの中にありました。飯盛石は宝石ではないので素人目にはただの石ころか岩のかけらにしか見えません。これが出来たとしても売れるわけでなく、学術論文が書けるわけでもありません。なぜこのような意味の無いことをするのか、その答えは「造石道楽」という随筆の中にあります。

「造石道楽」は雑誌「地学研究」に掲載された文で、その中に「鉱物化学上のお遊び」という言葉があります。この随筆の中では宝来石、光輪石、紅葉石を造ったことが述べられています。これらの石の名前は造語であって天然にこのような石があるわけではありません。また、これらの石を販売目的で造ったわけでもありません。ただ趣味として造って楽しんだだけです。詳細は別項「造石道楽」を御覧ください。

世の中には鉱物愛好者や鉱物学者は居ますが、いずれも相手にするのは天然石です。そもそも石を造ってしまおうと考える人はまず居ないでしょう。これは飯盛の非凡さの表れと思われます。「鉱物化学上のお遊び」は人造宝石の研究から派生して来たのかも知れません。

飯盛石を造る試みはまさに「鉱物化学上のお遊び」であると考えるのが一番適していると思われます。 飯盛石の化学組成式は当初 Y5(SiO4)3(OH)3 とされていましたが、その後 Foord らが再検討して Y2(SiO4)(CO3)に改められました。この試みはFoordらが再検討する前だったので、誤った組成式に基づいて飯盛石を造ろうとしていたのですから、当然出来るわけがありません。でも、飯盛にとってそれはどうでも良いことであって子供のようにわくわくしながら実験を楽しんでいたのでしょう。
飯盛石の研究ノート

戻る