紀元節で思い出す・メモ

[手書きメモをテキストに打ち直したもの]
紀元節で思い出す。
 僕が当時富山県高岡尋常小学校の三年生のとき、それは明治26年での紀元節の式典のあった折り、知事から学校の成績がよいということで賞状を戴いた。
 僕が数え年9才であった。そのときその小学校で知事から賞状を貰ったのは高等科で1人、尋常科で1人都合2人であった。
 その賞状は終戦時罹災の際、家屋と共に焼失してなくなったが文句は”克く(よく)師父の教訓を守り、行状方正にして学業常に同級生の首位を占む、右は殊勝の行為と認め二等賞を授与す”というのである。
 そして世界地図帖を賞品として貰った。高等科の人(名前不明)は一等賞で硯を貰ったことを記憶する。
 当時の県庁のお役人は高等科の者には一等賞を、尋常科の者には二等賞を与へたのであって、学業の優秀度に差があって等級を決めるのではなく高等科へは一等賞を、尋常科には二等賞を与えるという方針であっただけのことだった。それで僕も納得した。
 併し当時の地方新聞で報道された処では、もう一つ他の町の小学校でも同様に2名で全部で県内で4名であった。古い思い出だが時々あの時の式場の光景を思い出すのはどうした訳か。

※明治二十六年二月十一日富山県知事正五位勲三等安藤謙介としてあった
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