ビクトリア・ストンの鉱物化学的考察
ビクトリア・ストンが具体的にどのような物であるかは、模倣されることを避けるため、今まで明らかにされることはありませんでした。 そのため「ガラス製の模造宝石」などと不当な評価を受けることもあります。ビクトリア・ストンはガラスではなくメタ・2-ケイ酸塩であることを飯盛自身が明言しています。
ビクトリア・ストンについて正しい認識を持っていただくため、今回研究ノートの一部を公開します。
研究ノートにはビクトリア・ストンの鉱物化学的な考察が述べられています。人造宝石の研究はもともと学術的な研究とは異なり、公表することを前提にしていません。 また、ノートは他人に見せるためのものではないので、系統的にまとめて書かれていません。飯盛本人の心覚えのためにのみ書かれていて多数あるノートのあちこちに分散して書かれているので関係のある記述を抜き出して並べてみました。
それによると、使用した原料と熔融過程で起こる化学変化から推定してビクトリア・ストンはAlkalidiopside,アルカリ透輝石(透輝石のマグネシウムをナトリウムで置き換えた物、ただし、これは飯盛の造語の可能性がある)に約20%のAnorthite,灰長石を加えた物(メタ-2-ケイ酸塩)と結論付けています。 化学組成式では
Na2O・CaO・2SiO2 + 0.2(CaO・Al2O3・2SiO2)
となります。
さらに灰長石のケイ酸の一部はリン酸とフッ素で置き換えられています。 これは透輝石と灰長石を混ぜるとビクトリア・ストンができるという事ではありません。結果としてこの様な形になるという事です。
また、鉱物としての名称については文献に照らし合わせて、ニュージャージー産のペクトライト(Pectolite)に相当するかも知れないと予想しています。
外国の宝石専門誌 (Gems & Gemology, Vol.XXVI, winter, 1990) には Imori stone(ビクトリア・ストンのこと)はドミニカ産ペクトライト(ラリマー)に非常に似ていると書かれています。確かに青色のビクトリア・ストンはラリマーに似ていますがラリマーの模造を目指していたわけではなく、結果としてそうなったに過ぎません。ラリマーの歴史は比較的新しく、1974年に発見されているのに対し、ビクトリア・ストンはそれより以前から製造しているので (1955年に特許取得) 模造ということはあり得ません。
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